石畳のかまど

クソデカ感情踏み越えろ!!!!!!!

七尾太一は推しじゃない

 端的に言うと七尾太一は所謂推しじゃなかった。性格も見た目も言動も役割も好みなのに彼が役者を志した動機のせいで推しという概念から一線を画してしまった。

 

◎◯◎◯

 

 アプリがリリースされた3年前からA3!には手を出さずにいた自分はステを見せてもらった日にあっさりハマった。

 

「皇天馬か七尾太一あたり好きそう」

「ほぉん。見た目なら皆木綴くんかな」

 

 元凶である友人から推し予想を受けつつ再生ボタンを押してもらい、結局個人的な好みで皇天馬の顔がいいという結論に至った。推しは定まらなかった。

  推しが分からないままストーリーの良さに傾倒し、夏組1章まで読み進めた。ステは春夏組のメインストーリーが基だったので、秋組は未知の領域だった。

 

「秋組ねえ……。読み切れるかな」

 

 半生をオタク趣味に注いできたが、ヤクザやらヤンキーやらが刺さったことはない。見るからにガラが悪い5人衆を前に、飽き性の自分は少々先の長さを憂いた。

 ……そんな杞憂、3秒で吹っ飛ばされたけど。

 

 「やっぱ万チャンには敵わねえなー! 俺がどんだけ練習したと思ってんだよ!」

 

  あ、七尾太一くん好きだな。

 

  幼い太一くんが時間を費やしてマスターしたヨーヨーを、ものの数秒で万里くんがモノにしたシーンでふと思った。太一くんが泣き言を飲み込んで、あっけらかんと「どんだけ練習したと思ってんだよ!」と言える子だったことに安心した。悔しさを自分なりに飲み下せる人が好きだから、単純に好きだなと思った。

 

 だが、ヨーヨーのくだりから太一くん個人の雲行きは怪しくなっていく。それまで組のムードメーカーだった太一くんは、歯車を噛み合わせ始めた団員たちをよそにひとりになっていく。

 

 読みながら、読者として考えたくないいくつかの選択肢を思い浮かべた。

 太一くんはそのうちの1つを選んだ。大好きな舞台を壊す張本人になるという選択だった。その選択をしたがために彼が悲しい表情を見せるようになったことが分かり、腑に落ちた。それで終わればよかった。

 

「ずっとずっと、みんなに好かれたかった。愛されたかった」

 

 彼のポートレイトが始まった。派手な髪色をした明るい彼は自分を影の薄い存在だと言った。物語中で彼の特技として語られたヨーヨーは要領の悪さから生まれた副産物だった。

 

  痛烈だった。

  努力はそれなりに報われるけど、生まれ持ったステージを選ぶことはできない。それを体現している人は現実世界に山ほどいるだろうが、物語中の人物として語られるには見栄えが悪く、そのわりに複雑すぎる。つまりコスパが悪い。

 どうせなら「努力は報われる」か、「才能は変えられない」のどちらかに振り切ったほうがまとまりがいい。

 冷静に構成を考えるふりをして私は泣いた。才能なんてものを考えられるほど努力をした過去は私にはないが、漠然と感じていた「自分は必要とされていない」恐怖を、文字媒体で克明に読んでしまった。

 

 畳みかけるように太一くんは"過ち"に至った経緯を話す。注目欲しさに始めた演劇にのめり込んで、自分のセリフ欲しさに演出家から持ちかけられたむごい命令を聞いた。命令の内容は捉えようによっては犯罪だった。それでも太一くんは欲に目が眩んで頷いた。

 太一くんのその欲は幼い頃の自分を救う術に繋がっていた。自分にはこれ(演技)だ、と思ったことは間違いじゃなかったのだと証明するため、太一くんは首を縦に振った。

 

 犯罪を肯定する気は微塵もないけど、誰もが起こしうる身近なものなんじゃないかと薄っすら思っていたからさらに泣いた。いたいけな少年が胸を痛めながら昔の自分を報うために衣装を切り裂いた姿に泣いた。犯罪って欲の幅を広げたものを指すんだと思う。

 

 七尾太一はありとあらゆる普遍を集めた子だった。推しと呼ぶには刺さりすぎた。

 

◯◎◯◎

 

「明日笑うために!」

 

 ……普通の人間に限りなく近い彼はやっぱり主人公だなとも思う。笑うためにもがけるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 にしても、濱健人さんの演技うますぎ問題が一番な重罪じゃんね。